考察

考察:フィギュアスケートのノーミス問題

なぜ、感じたのか?

フィギュアスケート選手がインタビュー出揃いも揃って「ノーミスで滑りたい」と言っていた。
見ている私は違和感を感じた。
フィギュアスケートは、美しさや人を感動させるためのものじゃないのか?
ノーミス目指すって言ってる人を応援はできない。
皆を感動させる滑りがしたいですと言っている人を応援したいと思うはず。

本当にそうなのか?

テレビででている選手はそう言ってるイメージ。特に若年層に顕著。
年齢を重ねると、演技内容について触れるようになってくると感じる。

なぜ?フィギュアスケート選手はノーミスと言うのか?

・得点を競う競技だから
→曖昧な基準だと八百長が横行したから
→スケート協会や採点者が腐っているから
→閉鎖された世界だから

・大人の言うことを真似しているから
→先生の口癖だから
→明確な基準があった方がいいと考えているから
→教えやすいから

・先輩達が言ってたから
→先輩達と同じことを言えば問題が起こらないと思っている
→自分をだしてはいけないから
→ミステリアスな雰囲気を演出したほうが受けがいいから

・ノーミスを求められていると考えているから
→大人の教育、洗脳でそう教わってるから
→勝つことが何より大事だから
→勝てばお金が手に入るから

考察 つまり

・閉鎖的な環境で、大人がノーミスを繰り返し言うことで、若いスケート選手は自分はノーミスを求められていると勘違いして、ノーミスしたいと発言している。

・大人になると、その洗脳が解け、自分の演技でなにを思ってもらいたいかという本質に言及できるようになる。

反論

・スケート選手を志した時は、ノーミス目指すとは思ってなかったのではないか?

・観客は本当はノーミスを望んでいるのであって、私の感覚がズレているのではないか?

・様式美まで昇華している発言なのではないか?

似ているものからの推察 似ているものの過去と現在

最近だとユーチューバーに似ている。
最初は、巫山戯て楽しくやろうぜってコンセプトのチャンネルが多かったが。
お金が稼げると分かると、いろんな企業が参戦してきて、お金の匂いのしない放送が少なくなって、楽しかったYouTubeは無くなったから、別の媒体で遊ぼうとなっている。

楽しさを捨てて、大人が介入すると衰退するかもしれない。

今、私はこう考える。こうする

ノーミス発言をする人は仕方ないと受け入れ、ノーミス発言をしない人を応援したい。

思い出し話、面白い話

スケートリンクいったこと無いんだよなぁ。
多分下手くそだとは思うけど、1回くらいはやってみたいよね。

AI検索と答え合わせ

フィギュアスケート選手がインタビューで「ノーミスで滑りたい」と口を揃えて言う背景には、採点競技特有のシステムや心理的な要因が複数存在します。

1. 「ノーミス=感動」という競技構造(採点システムの制約)

  • 減点の大きさと表現の中断:
    • 現代のフィギュアスケートの採点(新採点システム)では、転倒や回転不足などのミスがあると、技術点だけでなく「演技構成点(表現力や曲の解釈)」も連動して大きく削られます。
  • 世界観の維持:
    • 選手にとって、プログラム(作品)の世界観を観客に届け、感動させるための絶対的な前提条件が「途中で転ばずに滑り切ること(ノーミス)」になります。ミスが出た時点で音楽の流れや表現が途切れてしまうため、「ノーミス=作品を完成させること」と同義になっています。

2. 「他者との比較(順位)」ではなく「自分のコントロール」に集中するため

  • メンタルコントロールの定型句:
    • 「金メダルを獲りたい」「1位になりたい」という目標は、相手の出来栄えや審判の採点といった「自分ではコントロールできない要素」に依存します。
    • 順位に意識が向くとプレッシャーが増すため、アスリート心理として「自分がコントロールできる最高の結果=練習通りノーミスで滑ること」だけに意識を絞るための自己暗示として使われます。

3. 「若年層」と「ベテラン」での発言の違い

  • 若手選手(技術習得フェーズ):
    • 難度の高いジャンプ(4回転やトリプルアクセルなど)をプログラムに組み込み、それを決めること(ノーミス)で頭が一杯になりやすく、表現まで意識を言語化する余裕が少ない傾向があります。
  • ベテラン選手(自己表現フェーズ):
    • 基礎技術が体に染み付いており、自身のスケート人生や観客との対話に目を向ける余裕ができるため、「感謝を伝えたい」「自分の世界を表現したい」といった言葉が増えていきます。

4. メディア対応における無難さ(定型文化)

  • 発言が切り取られて批判されるリスクを避けるため、「相手に勝つ」といった好戦的な言葉を避け、「自分の力を出し切る(ノーミスを目指す)」という角が立たない定型表現に着地しやすい側面もあります。

感想

心の中でノーミスを目指すと思っている分にはいいが、メディアで露出する部分は、嘘でも「みんなを感動させたいです」のように取り繕って欲しいと思ってしまいます。