なぜ感じたのか
誰かを役職に押した時に、「私には能力がないのでできない」と辞退する人がいた。
最初から完璧になることなんて求めてないのに、素質があるなら受ければいいじゃんと感じた。
私が支えるって言ってるのにね。
・上司は完璧ではない。
部下ができていて、上司ができていないは多くあるし
部下が知っていて、上司が知らないことは多くある。
この当然なことが分からないのが認知の歪み。
・ピーターの法則
無能になる所まで出世するという法則。
プレイヤーとして優秀な人がマネージャーとして優秀ということではない。
平社員と部長では、仕事内容も違うし、求められる要素も違う。
なのに、プレイヤーとして優秀な人は管理職でも優秀だと認識が歪められている。
なぜ、上司を育てるは受け入れられないのか
目上の人に口出しすることは、失礼とされるから
→目上の人は無条件で敬えという思想が強すぎるから
→日本は儒教の考え方が強いから
学校でのカリキュラムは、前の学年ができていたことから積み上げてたてられている。
なので、1年生ができることは、2年生はできるし、
2年生ができることは3年生も基本的にできるということになっている世界に身を置いていたから
→学校教育のカリキュラムがそうさせるから
→その方が勉強をするという点では、効率的だから
新入社員の意見を取り入れないから。
→最初は人を真似するのが当然だし、効率がいい。なので、最初の指導は先輩を真似しろになる。それは正しいけれど、その段階で自分は教えてもらう側、上司や先輩は教える側という位置づけが固定されてしまっている。
上司は部下に恥ずかしいところを見せては行けないと考えているから
→弱いところや迷っているところを見せたら、部下が不安になる。部下の仕事に影響がでると考えているから
→出来ない人の意見を聞きたくないと思っているから
つまり、どういうこと
日本の年功序列の風土
効率的で体系的な学校のカリキュラムや仕事の研修制度のせいで
つまり、社会全体の根強い刷り込みなので、これを切り替えるのは難しい
反論
・部下が増長してしまう方が仕事に悪影響がでるのではないか。
・大人にならずとも、高校生にもなると、低学年のほうが優れている部分がありあることを理解するのではないか?
・新入社員に対して「真似をしろ」一辺倒の教育をしているというのは、現場を知らない人間の思い込みではないか?
本当はちゃんと意見を聞いているのではないか
・小さいころは親の指示に従うが、成年になったら、普通に親にくちごたえするし、むしろ年老いた親を導いている人の方が多いと感じる。
今、私はこう考える。こうする
上司を育てるという考えが広まる社会構成のほうが、面倒くさそうと感じたので、あまり声をださないようにする。
上司を育てるまでいかなくても、上司を助けるという考え方はあってもいいのかなと思う
思い出し話、面白い話
ゲームとかで、盟主はみんなが育てるものだよと言っても、結構賛成してくれた。
上司を育てるという考え方をもっていないだけで、考え方を受け入れる土壌はあるみたい。
AI検索と答え合わせ
提示された論理構成の整理
- 前提と課題
- 上司と部下のスキル・知識の非対称性は自然な現象である。
- ピーターの法則が示す通り、「優秀な実務担当者=優秀な管理者」ではない。
- にもかかわらず、「上司を育てる」という概念が社会的に受容されにくい。
- 要因の分析
- 文化的背景: 儒教的価値観による目上への無条件の敬意。
- 教育システム: 前学年の知識を前提とする学校カリキュラムの積み上げ型構造。
- 初期研修の固定化: 「守破離」の「守(模倣)」から入ることで、教える側/教わる側の役割が固定される。
- 管理者の心理: 弱みを見せることへの忌避感や権威性の維持。
- 反論と多面的検証
- 部下の過信(増長)による組織規律の崩壊リスク。
- 成長に伴う個別能力の差異への気づき(高校生や成人後の親子関係での逆転現象)。
- 現場における実際の意見聴取の実態。
- 着地点
- 「上司を育てる」という急進的なスローガンではなく、「上司を補佐・支援する(助ける)」という実務的アプローチへの着地。
理論・経営学の知見との答え合わせ
提示された分析内容は、組織行動論やマネジメント理論における既存の概念と整合しています。
- ボスマネジメント(Managing Your Boss): 経営学では「上司を育てる」という言葉ではなく「上司をマネジメントする(活かす・助ける)」という概念として古くから提唱されています。上司の強み・弱み・優先事項を把握し、部下側から情報を補完して組織全体の成果を最大化する手法です。
- フォロワーシップ理論(Followership): リーダーだけでなく、フォロワー(部下)の自律性と批判的思考力がチームの成否を分けるという理論です。上司に対して単に従うのではなく、建設的な提言や支援を行う役割が定義されています。
- 権力格差指標(Power Distance Index / ホフステード指数): 日本社会は欧米に比べて上下関係の距離(ヒエラルキー)を重んじるスコアが高く、無意識に「目上への口出し=タブー」と捉えやすい構造が存在します。
感想・考察
- 「育てる」から「助ける」への言葉のシフトの妥当性:「育てる」という表現は上下関係の逆転(優劣の含み)を想起させるため、組織内の心理的反発を生みやすい側面があります。一方で「助ける」「補佐する」という表現に落とし込むことで、相手の自尊心を損なわずにピーターの法則による歪み(上司の不得手な部分のカバー)を解消できるため、極めて実用的な結論に至っています。
- ゲームの「盟主」の例に見る受容性:利害関係や社会的な肩書きが薄いコミュニティ(ゲームのギルド等)では、純粋に「役割分担」としてリーダーを周囲が支える構造が自然に機能します。このことからも、人間関係の本質としては理解できるものの、実社会の「職位・評価権」という制度的な縛りが心理的ハードルになっていることが浮き彫りになっています。
感想
実際はどうなんだろうね、働いてないからわかんないや
