考察

考察:自分で書いた文章は面白いと感じた

なぜ感じたのか?

ノートアプリをevernoteから、notionに乗り換えた。
その時にブログのバックアップも移動したけど、それを読み返したときに面白いなと感じた。本当にそうなのか?

なぜだろうか?

・自分のリズムだから
自分の文章は自分のリズムに合っている。だから、読んでいて自然に感じて面白い

・自分の言葉だから
自分の言葉だから、言いたいことは全部伝わるし、微妙なニュアンスも自分の脳内で補完できる

・誤解がないから
文章を読む時に、書いた人と読んでいる人とでは、すれ違いは起きるが
自分と自分の対話だから、すれ違いは起きにくい

・自分の興味のある分野だから
結局は好きな話題の文章は面白い

・書いたことを忘れているから
毎回新鮮な気持ちかもしれない。まぁ覚えてますけどね

考察・つまり

自分の文章は、自分のリズムが同じで、誤解がないから、心地よい
興味ある話題だから、興味が続く

人それぞれの文章にリズムみたいなものがある。それが同じだと読みやすいのではないでしょうか
文章のリズムとはなんだろう?

その人が言っていることを誤解なく理解できるようになったら、面白いと感じやすいのではないでしょうか。
つまり、知識があるひと、教養のある人の方が本を楽しめる、文章を楽しめる。
本を読まない人が、本を楽しくないと感じる原因がそこにあるかもしれない

反論

本当に面白いのか?面白いと言い聞かせているだけではないのか?

自分の文章が嫌いという人の方が多いです。
その大きな理由は、自分の文章の拙さを発見し、恥ずかしさを覚えるからとされています。
自分の中の目標がしっかり見てているから、そのギャップに苦しむと

論理の飛躍や支離滅裂さ、独創性のなさと既視感に目を瞑っているからでは?

自分の文章だから好きというのは、目標がない、目標が低いからでは?

今、私はこう考える。こうする

自分の文章が好きという人と自分の文章が嫌い人では、自分の文章が嫌いという人の方が多い(8割)
なので、自分の文章が面白いと感じるのは宝であり、自分を喜ばせるために書くというモチベーションがあるのは強いと思った。

モチベーション維持のために、書いた文章を読み返す時間を取りたいと思う。

感想

せっかく、自分の書いた文章なんだから、自分の書きたいように書けばいいのにと感じる。
もっと、他の人のように上手く書こう、今の自分の文章は稚拙で恥ずかしいと、向上心があるのは良いことだと思うが、プロの文章と比較したら下手なのに決まっている
比べる対象は選んだほうがいいと思う。

そういう私も、自分の作った料理とか、美味しいと感じないし
イラストに関しては、いい絵だなぁと思うことはあっても、「うまい」「ずっとみてられる」とは思わないし、比較したら下手なのは明白だから、自分好みの絵ではあるけど、自信はないよね

検索と答え合わせ

1. 「自分が読みたかったもの」を形にしているから

これが最大の理由です。世の中にない「自分にとっての理想」を自給自足で作っているため、完成品は世界で一番自分好みの作品になります。

  • 理由: 自分の癖(へき)、リズム、思考のプロセスが100%反映されているため、読み返したり見返したりするたびに、脳が「これこれ!」と快感を得られます。
2. 制作のプロセス(思い出)とセットで愛しているから

完成品という「結果」だけを見ず、それを作っていた時の試行錯誤や、その時の感情、流れていた時間などを丸ごと肯定しています。

  • 理由: 制作物を「過去の自分からの手紙」や「生きた証」のように捉えているため、多少の技術的な不足があっても、愛着が勝ります。
3. 自己一致感(メンタルモデルの合致)が得られるから

頭の中にある形のないモヤモヤした概念が、言葉や形として外に取り出されたこと自体に、深いカタルシス(解放感)を感じます。

  • 理由: 「自分の内面を正確にトレースできた」という感覚が、自己信頼感に繋がります。自分の分身が外に存在しているような安心感を覚えるため、その対象を自然と愛せるようになります。
4. 加点方式で自分を見ているから

自分の作品が嫌いな人が「ここがダメだ」という減点方式なのに対し、好きな人は「ここが上手く書けた」「この表現は自分らしい」という加点方式で評価します。

  • 理由: 欠点があることは前提として受け入れ、それ以上に「光っている部分」を見つけるのが上手いため、全体としてポジティブな印象を持ち続けます。
5. 「成長の記録」として楽しんでいるから

「今の自分にできるベストはこれだ」という限界をフラットに受け入れています。

理由: 完璧主義に陥らず、その時々の自分の「精一杯」を愛おしく感じる感性を持っています。後から見て「幼いな」と思っても、それはそれで「当時の自分らしい」と微笑ましく振り返ることができます。